誰のものでもないから無責任に花屋の花をめでられる。洗濯槽を洗浄したら、塩素のせいで午後だけ限定プールサイドの匂いがした。ベランダでゆでたとうもろこしを食べながら好きな銘柄のビールを飲んだ。台風一過でカーテンも意味がない朝日だ。照り返しと熱いビル風、焼けた二の腕は接待で行ったビアガーデンのあと、少し太ったから新しいノースリーブは着れない。あまり外に出なくなった。

単価が低いんだから納期は半分でいいよね、と言われた仕事は今までいちどもやったことのない案件で、執念で5日で仕上げた。16時過ぎに食べるお昼ご飯とずっと鳴りやまない社用携帯を風呂場まで持ち込んで仕事をしている。飲みの席では一回り近く上の社員に「ねぇチューしてよ!」と30回くらい言われ、帰り際に頬と唇を撫でられたときは家にミサイルが落ちればいいのにと願ったけど、妻と子には罪がないので帰りにゲロでも踏めばいいのにと思い改めた。

ずっと夏風邪を引きずっていて、月に数回の休みの日は家と病院の往復ばかり。大好きだったアイスもビールも喉に悪いからお休み。好きな男、飲み屋と立体駐車場だらけな街、夏に聴くクリスマスソング、髪が長いから嫌になるドライヤー、LINEの通知はオフにした、実家から届いたという牛肉の写メ、でも一番になりそこねたからもう無縁な食卓の事情、今月あと300万売らなくちゃならない。一生振り向いてくれない男と、一生懸命頑張って振り向かせた男と、何も言わずについてきた男がわたしには一人ずついる。

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久しぶりにパソコンを開いた。ウイルス対策ソフトのアップデートをしている間にそこそこの家事がこなせてしまった。最近は新入社員の教育を任されたりしていてとにかく仕事が忙しい。忙しい方が楽なんてことはあんまりなくて、6連勤が終わったと思ったら休日出勤になり実質10連勤になってしまった。疲れるよりもっとつらいことがたくさんあるからと、気にしていなかったら子宮がバグったのでそろそろ身体の痛みに自覚的になりたい。高校時代の友達と伊豆に行ったり、一度別れた恋人とたまたま再会したり、映画館でナンパしてきた男の子と終電まで飲んだり、社内の先輩に告白されたり、少しずつだけど確実に誰かの人生に飛び火していっている。


Sunny Day Service - 青い戦車【Official Music Video】

誰かが期待する「いつもの自分」や「あなたらしさ」なんてものに脅迫されて生きるより、その時しかない匂いと湿度にだまされながら軽薄だとののしられるほうがましだ。夢の中で食べたごはんの味を再現しようとするような、正解のない望みを誰だって持ってるはず。神奈川のはしっこは思いのほか暑さが厳しくて、私の狭い部屋のなかではひざの裏に溜まった汗がずっとそこにいる。夏になれば楽になると思った、熱い夜が全部をふやかして生乾きの「まあいいや」にしてくれると思っていたし、それを望んでいた。丁寧な暮らしとか愛すべき日々なんてどうでもいいんだよ本当に、田舎のクソジジイたちのセクハラと22:30に呼び出してくる人事が一瞬で今日をクソにしてくれる。簡単に街のロマンチックにだまされやがって。酒の席ではさんざん仕事ぶりについて説教を受けた後に「〇〇さんはまじめすぎてみんな一緒にいて息苦しいんだよ。もっと弱いところ見せてくれないと絡みにくいよ!」と言われながら肩を抱かれたので3千円払って店を出た。知ったような口で「本当の自分」を強要するやつのまえで誰が泣くかよ、と思いながら帰りの電車でハンカチがぐずぐずになるまで泣いた。昨日よりほんの少しだけマシになりたいから今日いつもより手が込んだ料理を作った。iphoneの画面割れてたって、冷蔵庫の野菜腐らせたって、カメラロールの元カレの写真消せなくたって、情け容赦ない普通に殴られたってそれでもいい。夏が始まって終わるまで、あと30秒くらいかな。

去年の今頃は入社前の研修先で恋人とこっそり電話をして、睡眠時間が三時間しかない日々をなんとか乗り越えていた。お花見もゴールデンウィークもない、楽しくて孤独な春だった。来週には新入社員が入ってきてわたしの下に配属される。気合を入れるためにネットで注文したスーツは7号でもぶかぶかだけど、5号だと丈が短すぎて提携先には着ていけそうにない。

家に帰ってから読んでいる海外の小説はおもしろいけど、季節がわかりづらいから少し苦手だ。海外の映画や音楽、小説にあまりはまらないのは街の空気を知らないからだと思う。毎晩21時になるとベランダにおばけが現れる。その正体が隣人の煙草の煙だと知ったのはおとといの夜ベランダで少しだけ泣いたから。あたたかくなってきて街全体が震えだしているのがわかる。最高も最悪も、いつだって新しいはずなのに渦中にいればどんな風に踊ればいいかひとりでにわかるよ。あとには私の知らない誰かの夢をみるくせに、都合の良いめくばせばかりする男の子が心底嫌いだ。心の電気を消して、瞳の奥に隠すほどでもない秘密をふくませて、思わせぶりな態度で電車に乗れば恋をする前はどこにだって行けたはずなのに。

高校の時仲の良かった人に会えたのがうれしくて原発の話をしたら「それももう流行ってないよ」と言われた。朝が来ても前日のよふかしをひきずったままみたいな空気。久しぶりに抱きしめあったら世界中の湿度があがってしまったのか今日の外は雨だった。ウインカーの灯りを照り返して窓の水滴がオレンジ色に光る。期末の残業後のドライブは少しだけ眠いけど楽しい。21時過ぎの誰もいない郵便局の駐車場でびしょびしょに濡れたジャケットとタイツを脱いだ。明日からいまの仕事も二年目になる。楽しく、流動的に、ブスでも綺麗な服を着て元気に過ごしたい。できれば好きな人と一緒に。


アナログフィッシュ(Analogfish) "There She Goes (La La La )" (Official Music Video)

22,23日仕事が休みだったので京都に行った。新幹線から降りて歩いて七条まで。アマゾンでコーヒー飲んでから三十三間堂伏見稲荷大社では女子大生の自撮り棒に三回ぶつかった。京阪の車内はあったかい。駅ビルのスカイウォークを歩き疲れても、併設されたホテルのロビーには人が多くて座れなかった。その後は三時間かけて海まで行った。フィッシュマンズ山本精一サニーデイ・サービスのアルバムを順番に聴きながら、窓の外がどんどん色をなくして白と茶色だけの風景になっていくのを見ていた。

海は風が強くて、かための白の絵の具をぺたりと塗り付けたような空からほんの少しだけ雨が降っていた。遠くにきたなと思った。流れ着いた浮標と乾いた海藻だらけの砂浜は汚すぎて写真を撮る気にもならなかった。濡れた靴が重い。空気が冷たい。潮風と飛沫で前髪がへたる。雨粒が眼鏡のレンズについて前が良く見えない。私はどんな気持ちでここに向かってきたんだっけ。夜は泣き疲れてすぐに寝た。朝目が覚めて飲みかけだったビールを飲んだ。炭酸が抜けて、冷えていないグラスに注いだからか夏に安い居酒屋で飲んだビールの味にとても似ていた。二時間かけて市街地へ戻ってきた。円町で下車して大好きな金閣寺を観に行った。バスで下鴨神社まで行ったあと糺の森を抜けて鴨川デルタへ。出町柳の駅前で買ったピーナッツバターを挟んだフランスパンはとてもおいしかった。寒かったので六曜社でコーヒーを飲んで立誠シネマのまわりを歩いて河原町の駅へ向かった。新幹線に乗る前に駅の中でモスコミュールとビールを飲んだ。職場へのお土産だけを買って、小さな荷物で家に帰った。明日から九連勤だ。 

24日仕事がたてこんでいるためいつもより早めの出勤。展示会の搬入だったため肉体労働がメインな一日だった。段ボールや梱包材でなんども手を切った。おふろの石鹸がしみる。

25日展示会の販売で終日外出。偉い人と一緒だった。最近またごはんが食べられなくなってきたので、昼休憩に行くふりをして少し離れたところのスーパーを三周してコーヒーを一杯飲んでもどってきた。何食べたの?と聞かれたので向かいのラーメン屋ですよ、と答えたけど帰り道信号待ちをしていたら「本日休業です」の張り紙が見えて気まずかった。

仕事が終わってから目の見え方がなんとなくいつもと違う気がして早く寝たけれど、翌朝視界の半分くらいが暗く、テレビにうつるマツコデラックスが半分の大きさになっていたので休みをとって病院へ行った。いろいろお医者さんが話してくれるけど、朝早かったせいかぼうっとしてしまってあまり覚えていない。網膜剥離を起こしかけていて、失明するかもしれなかったから早く来てくれてよかったですよと言われそのまま簡単な手術をした。めがねをかけて生活しているので眼帯がじゃまで仕方なく、翌日からはもう外してしまった。その後は接骨院でこのあいだの事故のけがの経過を見てもらう。予定通り、順調に治ってきている。駅前でコーヒーを飲んでから婦人科へ。越してきてから初めて行った病院だったけど、「おなかのなかぐちゃぐちゃになってますね」と言う言葉に傷ついて家に帰ってから泣いてしまった。なんとかなるよ、っていうのはなんとかしてもらったことのある人が言う言葉だ。勇気を出して望みに手を伸ばせば望んだ分と同じだけ不幸になる。病院に行くたび保険証がほしいのと幽霊にならないためだけに仕事をしているなと感じる。悲しいのは好きじゃないし趣味じゃない。たまたまあてがわれて思いの外性に合っていたから捨てられなかった、他人から見たらただのごみだ。男の子たちがわたしを励ましにこぞって家までやってくる。ベランダで毛布をかぶって、もう二度と来ないでくれと願いながら見つめた向かいの屋上に朝日が射す。わかりきったオチを待ち続けるのは別れの場面と一緒だった。みんながみんな日差しの中でやっていけるわけじゃない。日差しにいる人のすぐとなりに名前も知らない誰かが存在している。言いたいことはたくさんあった。食べたごはんの話や毎週見ているドラマの話、買おうと思って決めかねている服の色、佐川急便のお兄さんの名字が珍しかったこと。ぜんぶ知らなくたっていいこと。どっちを不幸にするかの二択で運よく選ばれた、それだけの話だけど。


ゆらゆら帝国 「星になれた」

仕事柄車を運転する機会がとても多い。国道沿いのわたしの職場の前は荷物を積んだ大きなトラックが行きかっている。藤沢ナンバー、箱根ナンバー、どこもかしこも楽しい思い出ができそう。今このハンドルを大きく右に切ったら、何か良いことが起こるだろうか。うまくいったらいいけど、だめだったときに会社に提出しなきゃいけない山のような書類のことを考えてやめた。わたしの人生は失敗のほうが多かったし。そう思っていた日思いがけず事故にあい、アクセルを踏むはずだった右足に亀裂が入った。先生が「今日はあたたかいから」と診察室の窓を開ける。靴下を脱いだ裸の指に重たい春の風が絡みついて、手をつないでるみたいな心地良さだった。あたたかいな。町田リス園に行きたいな。看護婦さんは美人だけど活舌が悪く、わたしの名字をうまく呼べなかった。半休になった午後、自動販売機の前で飲みたいものを決められず電車を一本見送った。帰り道に好きな人のことを思い出して本を買いに行った。痩せた腕に勧めてくれた6冊の本たちはあまりに重くて、邪魔な松葉杖を捨てられず一休みしに入ったドトールでは斜向かいの席に痩せた男の子と愛嬌のある眉をした女の子が座っている。彼の深い紅茶色の髪がマフラーに吸い込まれるまで、ずっとずっと笑顔でいた彼女を見てからわたしは涙を拭きに席を立った。

自分のために何かをする意欲がわかなくて、冷蔵庫の中身が一か月前から止まっている。冷蔵庫型のタイムマシンだ。徒歩一分のコンビニに行くこともできず、後輩が誘ってくれるので会社の昼休みは一時間かけてインスタントのお味噌汁を一杯飲んだり、調子が良い時はファミリーマートの鳥五目おにぎりを食べる。体重は一時期8キロ減ったけど、職場でお茶の代わりにジュースを飲むことでなんとか5キロ減まで戻った。セルフネグレクトのニュースがインターネット上を賑わせている。ぜんぜん他人事じゃないな。でも父親に殴られる以上の地獄なんてもう一生やってこないと思えば今いる地獄なんて放課後ティータイムだよ。目も耳も慣れすぎて自分の悲しいの重さなんて量れなくなってきた。一人きりの街にも切望していたあの春がくる。スカスカのクローゼットを埋めるところからはじめよう。


サニーデイ・サービス「セツナ」【Official Music Video】

 

 

わかりあうも愛しあうも映画やテレビみたいにうまくいかないのに、それでもあこがれてしまう。仮面ライダーになれないことがわかっているのに、変身ベルトを欲しがる少しだけ大きくなった子供だ。変身ポーズは恥ずかしくてできないくせに、金だけ出して使う日のこないベルトをたくさん手に入れた。

接客業だったからつけられなかった指輪は、お守りみたいに仕事のスーツのポケットに入れて過ごしていた。誰にも言えなかった大切な秘密が山ほどあるから、ひとりが刺さって仕方ない夜も目をつぶって明日の朝までひまつぶしができる。生活は目に見えない透明な粒みたいなもので、私の口元まで上がってきて知らぬ間に息をできなくさせたり、ふいに別の誰かの透明と反射して色を付けたりする。だから私は毎日を愛することはむずかしくてできなくても、折々のタイミングでその色を思い出して、知らない色の輪郭をたしかめては昨日のことのように言葉にすることができる。

やりきれない日でも、男の子に騙されるには私の性格はクセがありすぎた。会うたびに雲の厚さが変わっていた季節のことも、手を握りしめて泣いた夜のあのぜいたくな悲しみも、静電気で舞い上がる髪が日に透けてシーツに影を落としている姿を目が覚めるまで眺めていたことも、世界に一つだけのわたしの宝石だった。

 

この町あの町で寝ても闇の夜に抱かれ 変わることない喜びを重ね続け 

恋と夢と現実は隣町の移動遊園地 明日 朝はやく出かけなければ 

という歌詞が好きでもうかれこれ10年近く聞いていた曲をヤマジがコピーしてるの初めて知った。なんかめちゃめちゃいい曲みたいになってて笑えた。


ヤマジカズヒデ - 移動遊園地(original by 豊田道倫)

 

論理と感性は相反しない (講談社文庫)

論理と感性は相反しない (講談社文庫)

 

 

「論理と感性は相反しない」という本に書いてあった「わかりあうことなんて求めてない。好き合うことを求めている。」という言葉の意味が全くわからないまま何年もたつ。好き合うよりもっとずっとわかりあうことの方が大切で、必要で、難しくて、ぜんぶだと思っている。誰かを好きだという気持ちでごはんを食べられなくなったことは一度もないけど、大切な人とわかりあうことができないと気づいたときは一睡もできなかった。誰かとわかありたいと思う気持ちだけでふらふら歩いていた私がもう来月に23歳になる。

私は結婚や恋がしたいのではなく、仕事や本や音楽の話をして一緒に暮らしていける人がほしいだけだった。私は人を愛する才能に少し恵まれていたせいで友人たちから「恋多き女」と揶揄されることがあった。けど、人を愛する才能と恋愛を楽しむ才能は全くの別物で、わたしにとって恋愛は楽しくて胸が躍るようなものではなく、ささくれのはじをひっぱられ続けるような痛みによく似ていた。

もし仮に恋人と一緒に暮らすとしても、その人のことを異性として好きでいつづけることは不可能だと思う。人の気持ちは変わるものだし、変わり続けるという自覚があるから、相手にとって「変化しない関係」という認識である限り結婚は空想上の出来事でしかなく、まぼろしを人生に持ち込むことはできない。

恋をすることはたしかに私自身を豊かにするけど、好きに付随してくるその他もろもろの感情と向き合い続けるのはあまりに心への負荷が大きい。ただ信じられないくらいキラキラする男の子との出会いが人生で何度かあって、そういうとき私はその光を手に入れようとせずにはいられない。恋をすることと愛することと一緒にい続けることのすべてが違う線上にある事実を呪わずにいられないけど、それが現時点での自分でしかない。諦めるよりもっと意味のあることがあるはずだから、はやく目の前にひかれた無数の予防線の外に出たい。

ハッピーアワーの桜子が自分の旦那について「好きかどうかはわからない、でも愛している。」と話していた。

愛している、とはわかりあいたいという希望を捨てることができない、という意味だと思っている。

大森靖子『PS』@新宿 LOFT 11月13日