夏の結び目がほどけてきて、カーテンを開けるとすっぴんの頬に光の稲妻が走る

汗をかいた次の日に洗ったシーツの端に見えるほつれ、糸を引けばすべて一枚に戻ってしまいそう。けむたいほど熱い風に乗った青臭い匂いの正体は隣の家の庭からだった。立体駐車場と見たことない飲み物ばかり売ってる自動販売。圧倒的な数の選択肢をひとつずつ手にとっては見つめて愛でて憎むことでしかわたしはわたしを保てない。自虐でもなんでもなく、このクソ暑いのにようやるよとしか思えない。

君を決め付ける権利も君がわたしを決め付ける権利も等しく持っている。わかりあえない理由なんかよりもわかりあわない理由のほうがたくさんあったから、例えばほんの小さな、同じCDを何枚も買うこともそう。いまよりずっとマシじゃなかった日のアルバムを広げて、あぁそーだったねわかってあげられないしわかってもらえなかったこの時も。でも久々に読み返すと違った味わいになるよね。ほたるの墓だって大人になってから見れば意地悪なおばさんにだって感情移入したりしたでしょ

やり場はいらない、やり場があるとばかだからなんでもそこに置いてきちゃう。

心臓の深い部分が泡立って、煮えるような不安にうなされる。寝起きが悪いのは毎年の夏のこと。学習しないからエアコンの風に負けて、冷たいものばかりで痩せた体が元気になるのは決まって衣替えをしてから。日焼け止めの残った肌をさわらないでよ。ふれられたくないが加速して誰とも会わないおばけになる。


大森靖子「死神」Music Video

年が明けてから配属先が変わった。慣れない早起きで紅茶色の空の下あくびをしながら最寄り駅まで12分、片道二時間の電車通勤で座りっぱなしの腰が痛くなり、二月気が付いたら24歳になっていた。かつて自分が思っていたより24歳は自由で、お金があって、時間はなかった。中学生のころから書いてるからもう11年になるブログ。わたしは大人だから知らない街でひとりきりでもアイフォンの目覚ましひとつできちんと朝を迎えられる。そんなに好きじゃなくなってくれてよかっただなんて言われて、もうおしまいだね。引っ越し先は誰にも教えなかった。職場の男性が誕生日を祝いたいというのでもうひと月も過ぎているのにお酒を飲んだ。結婚したい、損してばかりの君を支えたい、男嫌いは家庭が原因だ、奥さんと別れる段取りはできている。わたしは損してばかりなんだろうか。目の前のこの男のことが心底憎いのはお父さんのせいなんだろうか。望んでもいないのに、あなたがわたしに着せたくて仕方ない普通を与えてあげるよと。倫理とか正義とか大人の事情でいっぱいの水風船を容赦なくぶつけておいて、どうしてこの最低の気分の夜にセックスをしようなんて言えるんだろうな。

どうせ春になれば濃くて甘くなった空気のせいでわたしと他の女の子の自撮りの見わけもつかなくなって、うやむやな温度の夜がやってくる。輪郭がなくなったわたしは、知らない香りのシャンプーを買って一度も見せることのない服を着て他人みたいな季節を過ごして、君が泊りにきた日の朝のように、声もかけないままどこかに行くんだと思う。


ラブリーサマーちゃん「202 feat. 泉まくら」Music Video

自分の部屋にいると現実にもどってしまう。狭い部屋、実家から持ってきたお母さんの顔を思い出す食器、家とこの町から離れれば離れるほど自由になれる気がしていろんなところで遊んでいる。私はあなたの抱き枕じゃない、私はあなたのサンドバックじゃないし痛み分けの相手でもない。知らないうちに第三者が出てきてどっちも悪いなんて、どっちも悪いわけねぇだろうが。いままでどれだけ許されてきたのか知らないけれど、待ち受けにしてる家族写真、休みの日は家族とディズニーランドで職場におみやげのクランチチョコ買ってくる。ねぇ自分の娘だと思って「色目ばっか使って仕事するから誤解されるんだよ」ってもう一度言ってみてよ。わかんないかな、本当にわかんないのかな、でも本当に本当にわかんないんだよね。不倫を持ちかけてきた社員は私の顔と腰がすきらしい。こんなにわかりやすく消費されている事実があるでしょ。明るく元気な現場社員の意見を聞きたいらしく、来週末は本社主催のイベントに呼ばれたので見る目あんな~と思った!仕事がんばろ。

 

大森靖子が昔から好きだ。なんでかはあまりわからないけど、自分が日頃持ち合わせている悲しみとかふざけんなとか最低最悪無理最高だいすき可愛いふりむいての多くを彼女の歌のなかに見つけすぎているからだと思う。あえて靖子ちゃんと呼ぶけれど、靖子ちゃんのライブを見ていると心が震えすぎて蓋をしていたはずの自分に巡り合ってしまう。バファリンとかでごまかし続けてすっかり傷まないものだと思っていたすべてがもう一度よみがえってきて、ぶり返した熱が冷めずに画面越しに涙が出た。


大森靖子 at 夏の魔物2017年9月10日

 

あっという間に夏が終わってしまった。熱くなりすぎる社用車のハンドルも、チカチカする視界の端で真っ黒に見えた濃い緑色の山も、エアコンで傷んだ喉にすべらせたハッカののど飴レモンの匂いの炭酸水ももうわたしのものではなく過去のものだ。今年の夏はずいぶん涼しかった気がする。アイスを食べる回数より、ビールを飲みすぎては気を失うように眠る日のほうが多かったからそう思い込んでるだけかもしれない。

仕事は繁忙期が終わって、日付が変わる直前に家を出てこれからなにをしようかと悩んでいるうちにどんどん時間が過ぎていってしまう。始発の電車の中、飲み疲れてあかない瞳と涙でにじんだまつげの端に流れ込む朝はそれはもうたいそうきれいでなんの意味もない光だった。当然のように使い捨てた一日のなかになにか大事なものを見つけなきゃと日付を超えてから必死に意味付けをした。映画を見るのも本を読むのも漫画やアニメたくさんの自撮りアイドルの笑顔美術品はやりの服、だいすきだったセックス、どん底でどぶさらいをしているって気づかせないための尊い浪費が一生懸命わたしのかわいいを作ってくれている。

誰もいたっていなくたって変わらない。一日一日 0.01ミリずつ気が狂う。コンドームみたいな厚さで、前からも後ろからも。金木犀の匂いがしはじめた今日の夜わたしはビールではなくコンビニで買った400円のワインを飲んだ。わたしたちを追い回すのは仕事でも公共機関の支払期限なんかでもなくて、言葉の通じない男たちが口にする記憶に残すほどでもない悪口だ。季節はたまにやってきて右肩を叩き、振り向くころには手遅れで根元の伸びた髪でしか時間の長さを感じられない。家に帰ってからが正気のはじまりだ、朝起きてから玄関の鍵をまわすまでずっとずっとずっと、ずっとそうして。


スカート / 静かな夜がいい【OFFICIAL MUSIC VIDEO】

 

誰のものでもないから無責任に花屋の花をめでられる。洗濯槽を洗浄したら、塩素のせいで午後だけ限定プールサイドの匂いがした。ベランダでゆでたとうもろこしを食べながら好きな銘柄のビールを飲んだ。台風一過でカーテンも意味がない朝日だ。照り返しと熱いビル風、焼けた二の腕は接待で行ったビアガーデンのあと、少し太ったから新しいノースリーブは着れない。あまり外に出なくなった。

単価が低いんだから納期は半分でいいよね、と言われた仕事は今までいちどもやったことのない案件で、執念で5日で仕上げた。16時過ぎに食べるお昼ご飯とずっと鳴りやまない社用携帯を風呂場まで持ち込んで仕事をしている。飲みの席では一回り近く上の社員に「ねぇチューしてよ!」と30回くらい言われ、帰り際に頬と唇を撫でられたときは家にミサイルが落ちればいいのにと願ったけど、妻と子には罪がないので帰りにゲロでも踏めばいいのにと思い改めた。

ずっと夏風邪を引きずっていて、月に数回の休みの日は家と病院の往復ばかり。大好きだったアイスもビールも喉に悪いからお休み。好きな男、飲み屋と立体駐車場だらけな街、夏に聴くクリスマスソング、髪が長いから嫌になるドライヤー、LINEの通知はオフにした、実家から届いたという牛肉の写メ、でも一番になりそこねたからもう無縁な食卓の事情、今月あと300万売らなくちゃならない。一生振り向いてくれない男と、一生懸命頑張って振り向かせた男と、何も言わずについてきた男がわたしには一人ずついる。

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久しぶりにパソコンを開いた。ウイルス対策ソフトのアップデートをしている間にそこそこの家事がこなせてしまった。最近は新入社員の教育を任されたりしていてとにかく仕事が忙しい。忙しい方が楽なんてことはあんまりなくて、6連勤が終わったと思ったら休日出勤になり実質10連勤になってしまった。疲れるよりもっとつらいことがたくさんあるからと、気にしていなかったら子宮がバグったのでそろそろ身体の痛みに自覚的になりたい。高校時代の友達と伊豆に行ったり、一度別れた恋人とたまたま再会したり、映画館でナンパしてきた男の子と終電まで飲んだり、社内の先輩に告白されたり、少しずつだけど確実に誰かの人生に飛び火していっている。


Sunny Day Service - 青い戦車【Official Music Video】

誰かが期待する「いつもの自分」や「あなたらしさ」なんてものに脅迫されて生きるより、その時しかない匂いと湿度にだまされながら軽薄だとののしられるほうがましだ。夢の中で食べたごはんの味を再現しようとするような、正解のない望みを誰だって持ってるはず。神奈川のはしっこは思いのほか暑さが厳しくて、私の狭い部屋のなかではひざの裏に溜まった汗がずっとそこにいる。夏になれば楽になると思った、熱い夜が全部をふやかして生乾きの「まあいいや」にしてくれると思っていたし、それを望んでいた。丁寧な暮らしとか愛すべき日々なんてどうでもいいんだよ本当に、田舎のクソジジイたちのセクハラと22:30に呼び出してくる人事が一瞬で今日をクソにしてくれる。簡単に街のロマンチックにだまされやがって。酒の席ではさんざん仕事ぶりについて説教を受けた後に「〇〇さんはまじめすぎてみんな一緒にいて息苦しいんだよ。もっと弱いところ見せてくれないと絡みにくいよ!」と言われながら肩を抱かれたので3千円払って店を出た。知ったような口で「本当の自分」を強要するやつのまえで誰が泣くかよ、と思いながら帰りの電車でハンカチがぐずぐずになるまで泣いた。昨日よりほんの少しだけマシになりたいから今日いつもより手が込んだ料理を作った。iphoneの画面割れてたって、冷蔵庫の野菜腐らせたって、カメラロールの元カレの写真消せなくたって、情け容赦ない普通に殴られたってそれでもいい。夏が始まって終わるまで、あと30秒くらいかな。

去年の今頃は入社前の研修先で恋人とこっそり電話をして、睡眠時間が三時間しかない日々をなんとか乗り越えていた。お花見もゴールデンウィークもない、楽しくて孤独な春だった。来週には新入社員が入ってきてわたしの下に配属される。気合を入れるためにネットで注文したスーツは7号でもぶかぶかだけど、5号だと丈が短すぎて提携先には着ていけそうにない。

家に帰ってから読んでいる海外の小説はおもしろいけど、季節がわかりづらいから少し苦手だ。海外の映画や音楽、小説にあまりはまらないのは街の空気を知らないからだと思う。毎晩21時になるとベランダにおばけが現れる。その正体が隣人の煙草の煙だと知ったのはおとといの夜ベランダで少しだけ泣いたから。あたたかくなってきて街全体が震えだしているのがわかる。最高も最悪も、いつだって新しいはずなのに渦中にいればどんな風に踊ればいいかひとりでにわかるよ。あとには私の知らない誰かの夢をみるくせに、都合の良いめくばせばかりする男の子が心底嫌いだ。心の電気を消して、瞳の奥に隠すほどでもない秘密をふくませて、思わせぶりな態度で電車に乗れば恋をする前はどこにだって行けたはずなのに。

高校の時仲の良かった人に会えたのがうれしくて原発の話をしたら「それももう流行ってないよ」と言われた。朝が来ても前日のよふかしをひきずったままみたいな空気。久しぶりに抱きしめあったら世界中の湿度があがってしまったのか今日の外は雨だった。ウインカーの灯りを照り返して窓の水滴がオレンジ色に光る。期末の残業後のドライブは少しだけ眠いけど楽しい。21時過ぎの誰もいない郵便局の駐車場でびしょびしょに濡れたジャケットとタイツを脱いだ。明日からいまの仕事も二年目になる。楽しく、流動的に、ブスでも綺麗な服を着て元気に過ごしたい。できれば好きな人と一緒に。


アナログフィッシュ(Analogfish) "There She Goes (La La La )" (Official Music Video)