最近は自炊をしている。料理と言っても別にこだわったものは作れないので野菜スープとなんか肉炒めたやつと納豆ごはん食べているくらいなんだけど。自炊すると食費がおどろくほど安く上がるので本当にすごいなと思う。わたしは外食すると100%酒を飲むし、割とありえない量を飲んだりするので基本的に不経済だ。あと味覚が敏感なので居酒屋の塩が振られすぎている焼き鳥とかが苦手。なので、結果家で自分の好みに合わせて作る方が満足度が高い場合が多い。一人分作るのは確かに面倒だけど、スーパーで買い物をするのは好き。得意料理はもつ鍋とカレーとチャーハン。

 

二年前に自分がブログに書いていた、「愛している、とはわかりあいたいという希望を捨てることができない、という意味だと思っている。」という言葉。この感情はあまり変わらないなと思った。わたしは結構怖がりで、触らなきゃいけない部分にさわれなかったり、ふざけたりごまかしたりしてしまうことが多い。わからないことやわかってもらえないことが分かってしまうのが怖いから。幼稚だ。アイデンティティを恋愛に託せないから、メンヘラとすら呼ばれない。ラブレター2万字書けるのに、会うと胸が泡立って泣き出してしまうのはどうしてなんだろうか。コンタクトにしてからあまりに見えすぎてしまう自分の泣き顔が情けない。ほんの少し先の未来のことばかり考えてしまい、一人でいると生乾きの髪を櫛でとかすことしかできない。大切な人の言葉だけで暮らしていけないとしても、大切な人の一言が一晩中わたしを慰めたりする。それはお金とか、スペックとか、伏線の回収とかで代替できないものだから、なくしたくないと泣くくらいは許してもらいたい。

 

ぼんやりしつつもこなさなければならないタスクの消化をすれば人並みに「やりがい」とかを感じられるようになった。70点くらいの毎日を過ごしては、100点か0点を行き来したころを思い出す。あの頃よりはマシだ、という気持ちだけを頼りに何とか人間らしさを失わないように気を付けている。映画を観て、本を読んで、教養や情報をむさぼるたびに、誰かとわかりあうよりももっと手軽で素敵な何かがあるということを証明するためにこうしているのでは?と思いぞっとする。子供のころ、私が図書館に通い詰めていたのは父親のいる家に帰りたくなかったからだった。そういえばあの図書館の駐輪所で自転車三回もパクられたけど、治安はどうなってるんだ


柴田聡子「涙」(Official Video)