仕事柄車を運転する機会がとても多い。国道沿いのわたしの職場の前は荷物を積んだ大きなトラックが行きかっている。藤沢ナンバー、箱根ナンバー、どこもかしこも楽しい思い出ができそう。今このハンドルを大きく右に切ったら、何か良いことが起こるだろうか。うまくいったらいいけど、だめだったときに会社に提出しなきゃいけない山のような書類のことを考えてやめた。わたしの人生は失敗のほうが多かったし。そう思っていた日思いがけず事故にあい、アクセルを踏むはずだった右足に亀裂が入った。先生が「今日はあたたかいから」と診察室の窓を開ける。靴下を脱いだ裸の指に重たい春の風が絡みついて、手をつないでるみたいな心地良さだった。あたたかいな。町田リス園に行きたいな。看護婦さんは美人だけど活舌が悪く、わたしの名字をうまく呼べなかった。半休になった午後、自動販売機の前で飲みたいものを決められず電車を一本見送った。帰り道に好きな人のことを思い出して本を買いに行った。痩せた腕に勧めてくれた6冊の本たちはあまりに重くて、邪魔な松葉杖を捨てられず一休みしに入ったドトールでは、斜向かいの席に痩せた男の子と愛嬌のある眉をした女の子が座っている。彼の深い紅茶色の髪がマフラーに吸い込まれるまで、ずっとずっと笑顔でいた彼女を見てから、わたしは涙を拭きに席を立った。

自分のために何かをする意欲がわかなくて、冷蔵庫の中身が一か月前から止まっている。冷蔵庫型のタイムマシンだ。徒歩一分のコンビニに行くこともできず、後輩が誘ってくれるので会社の昼休みは一時間かけてインスタントのお味噌汁を一杯飲んだり、調子が良い時はファミリーマートの鳥五目おにぎりを食べる。体重は一時期8キロ減ったけど、職場でお茶の代わりにジュースを飲むことでなんとか5キロ減まで戻った。セルフネグレクトのニュースがインターネット上を賑わせている。ぜんぜん他人事じゃないな。でも父親に殴られる以上の地獄なんてもう一生やってこないと思えば今いる地獄なんて放課後ティータイムだよ。目も耳も慣れすぎて自分の悲しいの重さなんて量れなくなってきた。一人きりの街にも切望していたあの春がくる。スカスカのクローゼットを埋めるところからはじめよう。


サニーデイ・サービス「セツナ」【Official Music Video】