今朝メイクがめちゃくちゃうまくいったのに好きな子に会えないってだけでもうテンションがガタ落ちだったのに、その後接待(と言う名の脱法合コン)に駆り出されたことに対しての不満がすごい。取引先の男性からの質問に対して、持ってるカードを順番に出していくだけだ。趣味や特技、私服の系統に休日の過ごし方や家族構成。テンプレ通りの質問が順番にくるだけで、七並べをやっている気分になってくる。こいついま彼女いなくてさーと紹介された28歳の男性はマッチングアプリで知り合った大学生の女の子と音信不通になってしまったことを面白おかしく話していた。なんというか、場に必要なのはあくまで女の人であって自分ではないということがひしひしと伝わってくる。適当な相槌ばかり打つ私に上司は「この子は打算的じゃなくて純粋なとこがいいんですよ」と言った。年収、長男かどうか、実家が持ち家かどうか、わたしは好きなタイプを聞かれると「足が速い人」と冗談でいつも言うけれど、それは半分冗談で、半分本当だ。純粋というよりも、わたしの好意は幼さに近いことを自覚している。

二次会のカラオケに耐えた自分をほめてあげたい。誰にも迷惑をかけないくだらない破滅みたいなのがけっこう好きなので、帰路でビールのロング缶2本飲んだら想像の1.25倍くらい酔っぱらってしまって、家にたどり着いてから玄関で数時間寝てた。上司の目の前でLINEを交換しようと言われて断れなかった自分に落ち込む。社交辞令の挨拶、それ以降の既読無視に対して良心が痛むくらいのまっとうさはある。でも気が進まないのは仕方ないのだ、ほかの人じゃときめかない。

 

芸能人の不倫報道が理由で、好きな監督の映画のタイトルがテレビに何度も出る。職場の人に急にあの映画の最後ってどうなるの?と聞かれそれまで詳細を知らなかった私はいったい何が起きてるんだ?と思ったけれど携帯のニュースサイトをみて把握した。なんというか、みんな潔癖で他人にそんなに興味があるんだなと本当に思う。SNSとかで聞いたことないくらいの口汚さで罵っている人や、作品のタイトルで大喜利みたいに遊んでる人たち、いいねが何万とかついてるのをみると、きついなと思う。時代とともに倫理観は変わるから、昔の作家や芸術家は~とか言うつもりはないけれどものづくり云々以前にそもそも彼彼女らも一人の人間だしな、と思う。こういうこと言うとじゃあ不倫を容認するのか!?と目くじら立てるやばい人がいるんですが、そういうことじゃないってことはたぶんほとんどの人がわかってくれると信じている。ただ、こういう不寛容さが蔓延すると、絶対いつか自分の好きなものや大切なものにまで手がのびてくる気がしませんか。わたしはまだこの国で数十年生きるだろうし、いま好きなものや興味のあるものがおそらくそのやり玉にあがりやすい類のものであることは自覚しているから、こういう考えを身近な人だけにでもいいからきちんと話しておかないと、簡単にひっくり返されるなと改めて思い直した。

 

最近離婚した友人は、配偶者の気持ちが自分のところからどんどん離れていくのを間近に見なきゃいけないことに耐えられなくて、早々に別れることを決めたと話していた。彼女は美大をあきらめて入った大学で趣味を通じて知り合った人と結婚した。ものを作れなかったことに対するコンプレックスからようやく救われた気がする、と結婚すると聞いたときに話していた。浮気相手は自分より年下で、一緒に行くはずだったのに彼女が仕事で行けなくなった舞台で知り合ったという人だった。少しずつ一緒に食事をする回数が減って、会話がなくなって、知らない作家の本が部屋に増えていったと言う。砂時計の落ちる速度は、後半になると加速するように見えるが実際は常に一定の速度で落ちていっているらしい。頭ではわかっていても、そうとは信じられないことが、世の中にたくさんある。好きにならなきゃよかった、と泣いている声を拾ってしまわないように、一緒に行ったカラオケでは二時間ずっとマイクの電源を切っていた。


lyrical school「Tokyo Burning」