夏がどこかに逃げていったみたいに涼しい日が続いている。つける勇気がなくて化粧ポーチに入れっぱなしだった濃いオレンジ色のリップティントは、秋になったらもうつけられないような色だ。窓を開けて寝たら少し肌寒くて、オンスの重めなTシャツを探しに明け方クローゼットを開けた。風通しの悪いクローゼットのなかには、外干ししたTシャツがハンガーにかかったまま何枚も閉じ込められていて、数日前の夏の匂いがドアの中に取り残されている。毎日午前四時にならないと眠れない。目の下のクマを消すメイクばかりうまくなっていく。鼻が低くて、目がどろんとしていて、歯並びが悪くて左目だけ小さくてほくろが多いのがわたしの顔らしい。視力があまりに悪いので、メガネのない自分の素顔をわたしはよく知らないからいつも誰かにおしえてもらうけれど、到底好きになれなさそうな顔だな。

 

最近外食続きで腰回りにめちゃくちゃ肉がついてしまった。本当は家で納豆ごはんとネギと卵のスープだけ飲んで生きていきたいけれど、人付き合いが苦手(断れないという意味で)なので1週間のうち6日は外でごはんを食べている。経済的にも気持ち的にもつらいのでそろそろやめたいんだけど、断る口実を考えるのと嘘をついた後の帳尻合わせがだるいので結局飲みに行ってしまう。

 

夏用の香水がなくなりそうなので新宿の伊勢丹に行くも、すでに廃盤になっていた。amazonで調べたらいくつか販売されていたけど、どうせ値上がりして買いづらくなるし、新しいのにしようと思った。春夏はJO MALONEのピオニー&ブラッシュスエード(キャラに合うからという理由で姉が選んでくれた)とフレンチライムブロッサム(植物の青臭い感じが夏にすごく合う)、秋冬はペンハリガンのブレナムブーケとOPUS1870(スパイス系のなかで一番好き)をここ3年くらいローテーションしていたので新しい香水を探すのは久しぶりだった。自分用のを探していたはずなのに、最近仲の良い男の子の誕生日が近いことを思いだして、JO MALONEのブラックシダーウッド&ジュニパーを買ってプレゼントした。贈り物を選ぶのは苦手だけどとても楽しい。そしたらなぜか「転職祝いの先払いってことで」と同ブランドのマリーゴールドの香水をお返しされてしまった。生花のように重たい甘さで、あたたかみのあるいい香りだ。デパートの化粧品には興味がなくて、ポーチの中身は女子高生みたいなコスメでいっぱいだけど、香水だけは百貨店のカウンターで買っている。初めて買った香水が、当時付き合っていた人が使っていたペンハリガンの香水だったからかもしれない。首に香水をつける人だったから、寒い日が続くほどにマフラーにうつる香水の匂いが深くなっていって、それがとても大人に見えてすてきだった。

 


SIRUP - Evergreen (Official Music Video)

 

こないだ恵比寿リキッドルームでSIRUP観たんですが、日本で一番歌がうまい男か??と思うほど歌うまかったです。

友人と両親、兄と甥と一緒に湖水浴をした。湖水浴のいいところは海水じゃないから塩でべたべたにならないところと、くらげがいないところ。幸い台風にぶつからずに済み、連日泳いではご飯を食べビールを飲んだ。夕方になると西日がドカンと射しこむ市営の銭湯で、友達と冷たいシャワーを浴びせあった。夕立で虹が二本出たり、たまたま行ったラーメン屋から花火が見えたり、思いっきり日焼けをしたからおしりと胸以外がひりひりしている。日焼けは動物で言う夏毛みたいなものだ。焼けた肌が服に擦れるのが痛いので、必然的に生地の少ない服を選びがちになってしまいリゾート気分そのままのような格好で新幹線に乗る。ブラジャーが見えるすれすれのキャミソール一枚着て餃子とビールを食べて、酔っ払ってサンダルを飛ばしたりして家に帰った。

 

16日腎盂腎炎を再発した。腎盂腎炎は簡単に言うと尿道から入った菌が膀胱を経由して腎臓まで到達して、血液に乗った菌が全身にすごい速さで広がり腎臓が腫れ熱が出る病気で、最悪の場合死ぬ。実は去年の9月にも感染して二週間弱入院していた。なぜか一年もたたずに再発して、夜間救急車に乗ったり丸三日40度弱の熱にうなされながら点滴をしに病院に行き、アクエリアスを飲み続けていた。酒なら一回の飲み会で4リットルは飲めるのになぜアクエリアスを一本飲み切るのはこんなにつらいんだろう。焼酎でも入れるか?点滴を3日で4回も刺したからカテーテルによる内出血で左腕が痛む。前回の入院費は手取りの三分の二が吹き飛んだから、今回は自宅療養でよかったな。熱が出るとよく金縛りにあう。ベッドで寝ていると隣に寝ている人と手をつないでいて、身に覚えのない手の感触に怖くなって「誰?」と声をかけると、ニュースで匿名の人がインタビューに答えるような、あのくぐもった声で「知ってるくせに」と言われ、エアコンの排出口から2匹のネズミと猫が出てきて、横たわった私の足を猫がずっと引っ掻いていた。金縛りの時必ず出てくるのが男なのは私の性別と何か関係があるんだろうか。また熱が上がってきたので今日はもう寝ようと思う。


ランタンパレード 「月光浴」

暑い日、江ノ島水族館へ行った。いつ来ても同じことだけれど、海沿いは風が強い。ぼさぼさにならないために髪をまとめたせいか首筋がいつもと違う汗のかきかたをした。海獣の子供のモデルになった水槽を眺めたり、イルカのショーを見たり、ビールを飲んだりした。照明のせいで薄い藍色になった頬、瞳の色がいつもより深い茶色に見えた。江ノ電に一年ぶりくらいに乗った。踏切の音のBPMはいくつだろう。焼肉を食べる男の子の歯が、わたしの体にめり込むさまを想像する。蓄光の腕時計が日が落ちるとともに薄い緑色に発光していた。昼と夜で全く違う顔になる文字盤は、すりガラスでできているせいで何時なのかいつもよくわからない。


iri - Wonderland (Music Video Full Ver.)

 

仕事のことを考えると憂鬱になる。親子供配偶者が死んで間もない人たちの、目の前からすべてがなくなった日の話を聞いてお金をもらってる。いつか絶対にくる痛みと向き合っている人を憎めたら、今の仕事も楽になるかもね。弱い人だと切り捨てられたたくさんの人たちの魂のなかにある静かな火を吹き消す係は、いつも決まってしあわせを知ったばかりの人たちだ。呪い呪いって、2019年にもなって映画だドラマだツイッターでみんないまさら何言ってるんだろう。呪いから逃げればいい、自分を大切にすれば、相手を大切にすれば、目の前の幸せを愛せれば、その手のタラレバは10年前くらいから自分自身に言い聞かせ続けているのでもう結構です。べき、という言葉が最もふさわしくないのが愛だけど、仮に今日が愛すべき日々なら、神様がそうだとちゃんと決めて、臆病者のわたしが目覚めるときに天気予報や朝の占いみたいに教えてほしい。

 

部屋に貼ってあるハッピーアワーのポスターを眺めながら高校生の時から大好きなチャットモンチーを聴いて、しみじみ良い歌詞だなぁと思った。

愛され続けること 愛し続けること 本当はよくわかってない

曇ったレンズで何を見ていた?

愛され続けるよ 愛し続けるよ 本当はよくわかってる

壊れた破片は 光を浴びて そしてまたここを救っているよ

自分が食べるためのごはんを作るには腰が重くて、冷蔵庫に入っているお酒を右から順に飲んでいく。マンションのエントランスでよく見かける学生カップルとすれ違った。何を失ったか、時間をかけてあげられたかが恋愛なら勝つのは暇な大学生だな。今日は性格が悪い気分だ。

最近なぜか異性に声をかけられる機会が増えていて、断る気力すら残っていないのと、暑い日のビールの誘惑に負けて何人かの男の子と飲みに行った。夕暮れに変わる手前の空が街に映り、真っ白の給水塔の輪郭が溶けていく。定時を過ぎても外は明るく、照り返しでスカートの中に熱がこもる。なににしますか、とりあえずビールでいいですかね。とりあえずの言葉遣いのまま会話が進む、だって本当のことを話したいと思えないから。自己防衛スキル上げすぎか、そうかもしれない。でもこれでも傷ついてきたつもりだ、男の子といる数時間をやり過ごしても怒られないくらいには。血の通った言葉と熱をもった肩は間違いなく私だけのものなのに、うすっぺらくて凪いだわたしのやさしさの上に跨ろうと「酒の勢い」とかで簡単に手を伸ばされて腹が立つ。結婚しようと言ってくれた人には申し訳ないけれど、酒浸りの父の罵声とゲロを吐いてる音ばかり聞いて育ったからか、静かできれいなひとりだけの家しか許せなくて、家庭なんてきっと作れやしない。家の鍵を開ける時の、お父さんがいませんようにという願いは大学を出るまで12年続いた。絶望以外の言葉で、この静かな祈りを認めてほしい。帰りにコンビニでロング缶のビールを3本買って家で飲んだ。飲めば飲むほど、胃の奥は重くなり、頭の中は保冷剤を当てられてるようなひやりとした気持ちになる。母親と少しだけ電話した。期待に応えられなくてごめん、とだけ伝えた。わたしは貧しい人間だ。

 

9年前の夏、昆虫キッズが好きで好きで仕方なくて新宿のライブハウスまで一時間かけて通った。一生を消費していいと思うくらい大好きなバンドがひとつあるだけで生活は急に息をふきかえしたりする。いびつで奇跡みたいなバランスで、なにかに助けを求めることがあるとしたら、きっとこんな形のものだと思う。


昆虫キッズ【シンデレラ】 2010/7/2 三軒茶屋グレープフルーツムーン

 

https://www.cinra.net/interview/201907-yamazakinaocola_kawrkc

余談だけど山崎ナオコーラのインタビュー良かった。わたしは高校生の時に15kg痩せるまで家の中でも社会でも女として扱ってもらえることはなかった。この事実は人格形成に大きく影響を与えているし、殴られ慣れることはやはりよくない。美人になる努力が必要なのではなく、美人じゃなくても当たり前に生きられないとつらすぎるじゃないか。

ひたすらホットケーキを焼き続ける日々だった。冷蔵庫に余っていた消費期限切れの豆腐を使ってホットケーキを作るレシピを見つけて、何の気なしに作ってみた。豆腐入りホットケーキを焼くためだけに買ってきた卵、牛乳、ホットケーキミックスが全部ちょっとずつ余ってしまい、それを使い切るために新しい豆腐を買ってきた。卵・豆腐・牛乳・ホットケーキミックスの公約数にたどり着いて手元からすべてがなくなるまでおそらく焼き続けるのだと思った。なにかを始めると少しずつ帳尻が合わなくなって、気づくと膨大な時間を費やしてしまう。ただそういうことって往々にして人生の何らかの場面で起きたりしない?と高校からの友人に話したらある程度分かってもらえたので良かった。

 

京アニの事件のことで職場の人と話をした。わたしはどうしても自分が加害者の立場になることばかりを想像していて、なにかほんの些細な出来事が積み重なったり、引き金になって自分もああなるんだなと思いましたといった旨を話したら、いやいやそんなことないでしょ、加害者は人間じゃないよ、悪魔だよとああいうやつは生まれた時からああなんだよ。と話していたのでそうですかとだけ言って会話は終わった。自分のこどもがいじめられる可能性といじめる可能性、どっちが高いだろうか。

 

私がいる部署は会社がいま一番力を入れている事業部で、いわゆる出世コースなんだけど、「〇〇部署は顔で選んでるから」と多方面から言われすぎて異動願いを出そうか悩んでいる。それはおそらく美人に言うことだし、そもそも美人にだって言っちゃだめだ。外は信じられない暑さで、梅雨明けのニュースをあんなに待っていたはずなのにいざ訪れるとこれはこれでしんどい。我が家は西向きなので洗濯物がよく乾くわけでもないし、日焼けは絶対したくない。でも夏の日差しの下で目を細める男の子の姿や、寝汗の残った熱っぽいひたいはとびきりにかわいい。

ここ数日、喉風邪で39度近い熱が出ていた。夜12時頃、誰から聞いたのか振った人がお見舞いですといって家に訪ねてきた。お大事にとありがとうございますだけの会話。バッテリーの切れそうな携帯電話から聞こえた通話の終わる音。玄関先に置かれた冷凍食品。わたしの好きなんて、形の良い方の目玉焼きをあげるとか、人混みのなかでもすぐその姿を見つけられるとか、欲しがるほど大したものではないんだけどな。淹れた紅茶に浮いた埃がきらきらしている。飲みきれなくてシンクに流して、台所に一日を置いていく。

 


chelmico「Balloon」

 

指輪と肌のあいだにたまった汗で真鍮が色あせていく。長雨に肌が飼い慣らされたからか、暑いのか寒いのかがよくわからない。

 

雨が降るといつも嫌なことばかりを思い出す。ぐにゃりと歪んだガードレールを見るたび、どうせ飛んでこないミサイルよりもこっちのほうがよっぽどだと思い知る。なるべく部屋をきれいにすることでいろいろなものと向き合う時間を減らす。まぶしすぎたり、楽しかった思い出を取り出すには今の季節は忙しすぎる。話しても話しても埋まらない溝。お互いが溝を埋めるために持ち合った材料は、混ぜ合わせたら水になってしまうものだった。溜まった水は、雨の日には氾濫して日照りが続けば消えてしまうような、何の変哲もないものだった。

 

見違えるほどのスピードでだめになっていく自分を、大丈夫だなんてどうしても言えなくて、すべてうそにすり替わってしまうまえに全部なかったころに戻すしかなかった。海には干潟が続いていて、泥の中にあいた穴から小さな蟹が出てきていた。水に入るには、あとどのくらい歩けばいいんだろう。家に戻るのと、どっちが近いだろう。ハンドルを握った手が震えた。日焼け止めが混じった汗の匂い、通り雨のせいで中止になる午後の体育、腕時計を忘れただけでいつもよりずっと軽い身体、忘れてしまった前の家の郵便番号。つまらなかった映画も、エンドロールだけは美しかったことが何度もあった。自分みたいな人間が、家庭を作ったり、誰かを許したり、当たり前に幸せになれるかもなんて思いあがったからこんなことになった。こんな地獄に他人を巻き込んでいいはずがなかったのに。わたしのなかにいる愚鈍で卑怯な部分が恥を知れとささやく。

 

就職活動のとき、自分を一言で表現すると何になりますか?と聞かれたとき、わたしは「墓場」としか答えられなかった

 


麓健一/あるいはその夏は (2009.08.01) [FULL ALBUM

 

 

夏の結び目がほどけてきて、カーテンを開けるとすっぴんの頬に光の稲妻が走る

汗をかいた次の日に洗ったシーツの端に見えるほつれ、糸を引けばすべて一枚に戻ってしまいそう。けむたいほど熱い風に乗った青臭い匂いの正体は隣の家の庭からだった。立体駐車場と見たことない飲み物ばかり売ってる自動販売。圧倒的な数の選択肢をひとつずつ手にとっては見つめて愛でて憎むことでしかわたしはわたしを保てない。自虐でもなんでもなく、このクソ暑いのにようやるよとしか思えない。

君を決め付ける権利も君がわたしを決め付ける権利も等しく持っている。わかりあえない理由なんかよりもわかりあわない理由のほうがたくさんあったから、例えばほんの小さな、同じCDを何枚も買うこともそう。いまよりずっとマシじゃなかった日のアルバムを広げて、あぁそーだったねわかってあげられないしわかってもらえなかったこの時も。でも久々に読み返すと違った味わいになるよね。

やり場はいらない、やり場があるとばかだからなんでもそこに置いてきちゃう。

心臓の深い部分が泡立って、煮えるような不安にうなされる。寝起きが悪いのは毎年の夏のこと。学習しないからエアコンの風に負けて、冷たいものばかりで痩せた体が元気になるのは決まって衣替えをしてから。日焼け止めの残った肌をさわらないでよ。ふれられたくないが加速して誰とも会わないおばけになる。


大森靖子「死神」Music Video